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Vol.72
この地での出来事ひとつひとつが、終焉へのカウントダウンとなっている。
先週末、娘がやっと本音を吐いた。
「おかあさん、日本に帰りたくないよ」
涙があふれていた。
それまで彼女は、日本での生活への期待や
新しい学校、新しい友達への希望ばかりを並び立てていた。
こんなことをしたい、あんなところへ行きたい、
日本はいいよね、おかあさん、楽しいよね、、、と、
そう言って、自分を奮い立たせ、
そして、引越し準備にイライラしている母に気を遣っていた。
彼女の
「帰りたくない」という言葉を聞き、
わたしは、なんだかとても安心した。
なんだ、この子も普通の子じゃないか、と、妙に。
そして、この子をそう思わせてくれている
彼女の周りの素敵な仲間たちに、本当に感謝したい。
帰りたくない、という言葉の中には
「みんな大好きなんだ」という意味が込められている。
そう彼女が泣いた翌日、
彼女の通う「アムステルダム日本人学校」で
運動会が行われた。
オランダの秋は、灰色で連日の雨模様。
とても運動会を計画できるような状態ではない。
日本では大抵秋に行われる運動会も
ここではこの時期に開催される。
アムステルダムだけでなく、オランダ中の日本人小中学生が集まる。
日本人学校の児童生徒はもちろん、
補習校の子どもたちも集まった。
(普段は現地校、インターナショナルスクール等に通っているが
土曜日に日本語教育の補習を受けている子どもたち。
両親のどちらかが日本人、という場合も多い)
その家族、関係者も合わせ、総勢7000人、とアナウンスされた。
小学校3年生の娘が居る我が家が
この運動会に参加しするのは今回で3回目。
そして最後の運動会となる。
娘はこの運動会にひとつの目標を持っていた。
「勝つ」ということ。
前日担任の先生は
「勝つということよりも、
日頃の自分の力が十分に発揮できるかどうか
ということの方が大事なのです。」というお話をされたそうだ。
しかし娘は、
「先生はそう言っていたけれど、
今回だけは、勝たなくちゃ意味がないんだよ」と言った。
彼女は1年生2年生と連敗している。
だからこの最後の運動会は
どうしても勝ちたい、のだと。
「勝てるかな、、どうかな、、、心配だな。。。」
今までの娘なら、こんな言葉が出て来ていただろう。
しかし、その日、それはなく、
「おかあさん、勝つからね。」と、静かに言い放って、
彼女は自分のクラスへ消えていった。
母は、この運動会で、2回泣いた。
一度目。
『3年生の徒競走。』
娘は練習で、いつも3位だったという。
どうしてもそれ以上になることが出来なかった。
当日は、他校の子どもたちも合流する。
練習で1位2位の友達よりも早い子が来るかもしれない。
3位以上になることは出来ないとあきらめていた。
もともとすばしっこい方ではない。
イヤ、どちらかというとドンクサイ。
その彼女が、1位のテープを切ってゴールの飛び込んできたのを見たときは
実の母ばかりでなく、周囲の皆も驚いた。
しかし、一番驚いたのは彼女本人だろう。
まさに、「火事場のバカぢから」というやつだろうか。
親バカだとは思ったが、涙が出てきた。
最後の運動会で、自分で自分に、最高のプレゼントが出来た。
よかったよかった。。。
二度目。
『全校での応援合戦』
日本の小学校では、運動会のみならず、何かの行事のために
狂ったように練習をする。
一般論としての良し悪しは別として、
私は個人的に、そのハードな練習が好きである。
先生方は指導に試行錯誤し、うまく出来ないと言えばイライラし
まとまらないと言えば困り果て、生徒がまじめにやらないと言えば叱り飛ばす。
子どもたちは、悔しがり、畜生と思い、よし今度こそ、と思う。
そして、なんとなく出来るようになれば、
先生はなんとか安心し、子どもたちは、なんとなく楽しくなり、
昨日よりうまくなれば、
先生は子どもたちを褒めたくなり、子どもたちは褒められてうれしくなり
“さっきの”より、“今の方”が上手に出来たら
先生も子どもも、一緒にもっとうれしくなれる。
長い練習の中にさまざまなドラマがあって、そのドラマが濃ければ濃いほど、
『晴れの日』を迎えた喜びが大きい。
その中での緊張や興奮も得がたい貴重な経験であって、
わたしは、本番よりもむしろ、練習の方が大切だと思うことがよくあった。
しかし、例年、この学校では、その「練習」にあまり時間をとることが出来なかった。
もちろん、一部の中心的な上級生は
かなり立派なパフォーマンスを披露してくれたが、
“その他大勢”のチビ小学生にはあまり浸透してきていなかった。
しかし、今年は違う。ちがったぞーーー!!!
『アムステルダム日本人小学校 創立25周年』
オランダで『25』という数字は、特別大切な数字だそうで、
ユーロ以前の通貨単位「ギルダー」には
「25ギルダー紙幣」や、「2.5ギルダーコイン」というのがあった。
勤続25周年、なんていうサラリーマンは、
その年だけ給料が2倍になる(ほんとか?)という話も聞いたことがある。
で、今年25周年を迎えた日本人学校は“リキ”の入れようが違っていた。
演題は「よさこいソーラン」
最近流行の「ソーラン節」のパフォーマンス。
娘は去年からずっと練習していた。
家でも踊りまくっていた。
おかげで弟もすっかり覚えた。
母も少しだけ踊れるようになった。
学校でも練習中いろんなドラマがあっただろう。
「今日はね、嵐みたいな雨だったのに
みんなずぶぬれになって、練習したんだよ。
先生、“雨が降ってきたのでやめます。”って言わなかったんだよ!!」
と、自慢げに紅潮していた娘を思い出す。
「ふーん、青春だねー」と、わたしもうれしかった。
その本番を迎えたのである。
小学校1年生から中学3年生までの全校児童生徒が
まさに一丸となっての大舞台だった。
アップテンポのソーラン節にリズミカルな子どもたち。
上級生の高度なステップや、バック転なども織り込まれ、
見るものを魅了した。
ここまでの物を作り上げるには、やはり、そう簡単にはいかなかっただろう。
また、小学校一年坊主と大人顔負けの中3生が
これだけの人数、同じ舞台でひとつになることはなかなかあることじゃない。
フリッツかーちゃんは、またウルルン。
「あーフリッツ、また泣いてるー。証拠写真、証拠写真と。。。」
「もー、やめろぉぉぉぉ!!!」
こんなママ友たちとも、あと何日こうして居られるのだろうか。。
今は考えるのはよそう。
最終競技の「大玉送り」では、校長先生が
「この競技に勝った方が優勝ですよー!!」とアナウンス。
だからこそ、勝負に負けてしまった娘の赤組は
閉会式での成績発表で、ふてくされ状態。
「成績発表
○○対××でぇぇぇ 赤の勝ち!!!」
「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっっ!!!!!」
「計算間違えてました。すみませんでしたっ!!」と校長先生。
娘が狂喜乱舞したのは言うまでもない。
「おかあさーん、勝ったよーーー!!!勝ったよーーー!!!」
うん、よかった。頑張った。
おめでとう。
今回の「蘭まま」はまさに、
“親ばか バカ母 自己満足原稿”となってしまった。
少々自己嫌悪。
しかし、5年後10年後、娘がこの原稿をちょろりと読んで
思い出してみることがあってもいいかなぁ、とか思いながら
書いてみた。
それからもうひとつ。
今の小学生も捨てたもんじゃないんだというところを
書いておきたい、なんだか“意地”にも似た気持ちも伴いながら。
とても身勝手な、自己中心的な気持ちを言わせていただくと、
これから日本への帰国を前に、
そして、これから日本の小学校へ子どもを通わせようとしている母親にとって、
これ以上、日本の小学生の悲しいニュースは聞きたくない。
どうか、少しでも多く、希望を持てる話を聞かせて欲しい。
もとい
とにもかくにも、一大イベント、運動会は無事終わった。
フリッツかーちゃんとしては、かなり、楽しかった。ははは。
父兄参加の綱引きに、最初で最後の出場を果たし、
押し合いへし合い、引きずりまわされ、踏み倒され、靴を紛失し、
そこまでしたのに結局1勝2敗で負けたのを除いては。
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