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Vol.68
日本は『黄金週間』が終わった。
カレンダー通りでも、結構な連休。
中には11連休なんていうとんでもない企業もあったそうで。
いやぁ、、とんでもないとんでもない。。
かくいうオランダも、
この時期に一年の国民の祝日のほとんどが集中しており、
日本のゴールデンウィークと重なっていることもあって
どこに行っても大型観光バスと
ウェストポーチのおばちゃんに出会うことが出来た。
そんな、『春・オランダ』を迎え、
フリッツ家にも、とうとう、とうとう、とーとーーーぉぉぉ。
出たっ。
『帰国のお達し』である。
4年間という赴任期間を言い渡され、
ここへやってきた。
そしてこの7月、4年が終わる。
当たり前のことが当たり前に告げられた。
つまり、私が『和蘭まま』で居られるのも、
この先2ヶ月をきったことになる。
やってきた時から、(いや、その前から)
外国が嫌いで、日本に帰りたいと言い続けてきた私だが、
身勝手なもので、いざ、本当にこの時期を迎えると、
内心、複雑かつ、さまざまなことが去来する。
が、まだまだ、現実化していない部分も多分にあって、
とにかく目先のことだけ考えて、必死に動いている、というのが今の現状。
引越しの面倒くささをグチればキリがない。
日本の学校、教育現場、人間関係の不安等々、、考え始めれば終わりがない。
おセンチな言葉を探せば止め処もないのだけれど、、、
いまはまあ、ちょっとストップ。で、、、
とにかくとにかく、なんかしよ。
よしっ、ここまで来たら、外国嫌い、旅行嫌い、などと言っていられないっ。
だって、日本に帰っちゃったら、もう、きっと、
一生ヨーロッパになんか来ないだろうし。
どっかいこっ どっかいこっ!!
だって、だって、うち、
ヨーロッパ在住日本人家庭入門編の観光地にだって
ほとんど行ってないんだからさぁーー
というわけで、
この時期に分散している3ブロックの連休の第1ブロック、
我が家はドイツディッセルドルフから、
ベルギーを回るスケジュールの小旅行へ出かけた。
4月30日、女王の誕生日に出発。
この日は当然ながら休みはオランダ国内のみ。
この日、オランダ各地では、
大規模なフリーマーケット大会が行われる。(写真1)
オランダ人はもちろん、多くの日本人も、
朝早くから家の中の物を会場に運び込み、商売に励む。
場所取りは一週間以上前から始まり、
当日は朝の6時と言えば開店し、
お昼くらいには店じまいという家庭が多い。
帰国間近のフリッツ家、当然家にはいらないものがあふれ返っており、「女王の日に出すんでしょ?」と口々に誘われたが、
準備は大変だし、朝は早いし、雨が降ったら寒いし、
労力の割には儲けにならないからいやだっというダンナの一言で、
我が家は、一発却下となった。
利益“2ユーロなんぼ”の前科のあるフリッツは、返す言葉がなかった。。。
ドイツへ向かう高速道路からの風景は
まるで絵葉書の中のようだった。(写真2)
本当はもっともっと、たくさんいろいろ美しい場面に遭遇したのだけれど、「あっ!」と思ってシャッターを押す頃には
はるか後ろに遠ざかっていることが多い。
だって、こうそくどーろなんだもーーん。
デュッセルではお決まりのラーメン屋で、
ラーメン餃子セットを食べ、
お約束の「ユーロ三越」では、
今日本で人気があるという
「フェイラーのタオル」をおみやにガサガサ買う。
ドイツと言えども、「どーせ、日本にもあるんだよなぁ」と思いながら
「でも、日本より安いのよねっ!!」と、
自分に言い聞かせ、あれやこれや品定めし、
やどに着いたのは7時前だった。(ちなみにとっても明るいのです。)
偶然泊まったそのホテルは、
とても素敵なホテルだったの間違いないのだけど、
かなりの“なんちゃって日系”ホテルで、(写真3)
あちらこちらに毛筆で看板が掲げてあった。
また、『日本式朝食』というのが売りらしく、楽しみにしていくと、
きゅ○りのキューちゃんと、
豆腐が切ったのと(冷奴、ともいう、、)
韓国のりがあった。
ちなみにスタッフは誰も日本語を話せなかった。
次の日はベルギーを回る。
「アンの鍾乳洞」という、文字通り鍾乳洞と、
そこにくっついている「サファリパーク」。
「アンの鍾乳洞」(写真4)は世界最大級の規模を誇るもので、
その中を数十人のグループに別れ、
ガイドさんに連れられて徒歩で案内してもらう。
時間にして、1時間半くらいだろうか。
中はかなり冷え込んでいて、
出発する前にトイレに行くのを忘れるとたいへんなことになる。
その日、オランダ語ガイドツアーと、
フランス語ガイドツアーを選べるようになっていたのだが、
どっちもわかりっこないし、ということで、すいているほうを選んだ。
中は、想像以上に壮大で、自然の営みには驚愕した。
私なりに息子に説明しながら歩いていったのだが、
その直後天井から落ちてきたしずくを口の中に受けてしまった彼は、
「口から石が生えてくる」と言って、心配仕切りだった。
次に向かった「サファリパーク」は
日本のそれと同じ要領で、バスに揺られて、パーク内を進む。
窓ガラスもなく、ドアもなく、
形ばかりの乗客落下防止ベルトがあったものの、
こんなんで、ライオンが襲ってきたらどーすんだっ!!
と狼狽していたが、
やってきたのは、いのししのウリ坊(写真5)と、気のいいガチョウだけだった。
ベルギーでサファリって。。。んなわけないと思ったんだ、最初から。
帰りがけにはブリュッセルの町に立ち寄り、
とってつけたように“ベルギーワッフル”をほうばった。
屋台の“エスカルゴ”もまたうまかった。
この上なくヒマそうなおじさんに
「エスカルゴを一皿ください」というと
はぁ。。。という大きな深いため息と
「なんだとぉぉぉ????」というような表情で、
差し出されたエスカルゴは、
なめこの汁にサザエを3日3晩漬け込んだヌメヌメ感。
酒がないのが残念だった。
我が家がそのうまさに感嘆していると、
後から後から世界各国の観光客がやってきて、
カタツムリおじさんの屋台は大盛況となり、
さらにさらに、おじさんの機嫌は悪くなっていった。
せっかくおやすみのところ、申し訳ございませんでした。
おじさんの屋台の正面に、例の「小便小僧」くんが待っていてくれた。
想像していたのとは少し違って、
“小ぶりながらも黒光りした”いでたちで
(って、体がね、からだが。。。)
それがかなり高い位置から放尿なされている。
ひしゃくでもあれば、口をゆすぐとご利益がありそうな、そんな雰囲気だった。
この「小僧」にはいろんな逸話があるらしいけれど、
一年を通じて、いろいろなコスチュームにお色直ししているそうだ。
ずいぶん昔には日本から、「もも太郎」の衣装も贈られている。
そういえば、東京の浜松町の駅にも「ジャパーニーズ小便小僧」が居たなぁ。
この二人、一見見分けがつかぬほどそっくりなのだけれど、
微妙に違う気がする。目線がね、目線。
本家本元は、おおらかにはるか向こうを見渡しながら、に対して、
浜松町は、なんとなく、一点集中。
「ぬらさないよーにしないとなぁ、、きちんと出さなくっちゃ」って、
なんか、うちの息子に似てる。(笑)
ちなみにどこだったか「小便少女」てのもあるそうで。
これはかなり、、、まにあっくだ。(へぇへぇへぇへぇーーー)
とにもかくにも帰って来ました。
待っていたのは、引越し作業、、、
そして今我が家は、「ゴミ屋敷」と化している。
だれか、ふかわりょうを連れてきてくれ。(ちょっと古いか?)
≪おまけ≫
何を隠そう、先日、
「フリッツさんを囲んで」の“オランダオフ会”が
開催されました!!
いやー、フリッツさんもずいぶん出世したもんだ、、、
と言いたいところですが、
ホントのところ、出席者は私を含めて2名。(ははは)
「蘭まま」を応援して下さっている
オランダ在住の(しかもふたを開ければかなりのご近所)
おかあさんです。
“オフ会”前日、
「茶髪で金色のバックをもって行きます」
というメールをいただきました。
(「金髪で茶色のバッグ」じゃなくてよかった・・・)
待ち合わせ場所に立っていたのは
小柄でニコニコとかわいらしい女性。
“永井真理子”のウン十年後(?)というかんじ。
♪ミ〜ラクルガールっ♪とはじけていただきたかった(笑)
はじめてお会いしたとは思えない、
二人のおしゃべりおばちゃんパワー炸裂で、
あっという間の時間が過ぎました。
どこにも接点ないはずの二人だったのですが、
会話を進めていくうちに、あらあら、、
○○さんのお友達の、となりのお宅の先生のうちの犬の飼い主のだんなさんの、、
という具合で。。。
それにしてもオランダ日本人社会の狭さを改めて痛感いたしました。
なんでも、彼女も帰国が近い(?)とか。
日本に帰っても
お会い出来たらうれしいです。
どうもありがとうございました。
http://f25.aaacafe.ne.jp/~kastanje/
ikuさんhp。
ご紹介します。
一見の価値ありっ!! |
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